| 第3回 パソコンとは異なるプロセッサのビジネスモデル | 2011/07/13 |
ARMコアを使うプロセッサが、半導体メーカー各社から登場しているのは第1回で説明した通りだ。それらの基本的な設計は、英国に本社を置くARMが行っている。ARMは、工場を持たないばかりか、自社ではプロセッサを製造しない。アーキテクチャを策定し、コアを設計してそれを他社にライセンスするだけなのである。半導体業界では、こうしたライセンスで取り扱われるものを「IP」(Intellectual Property。日本語では知的財産権と訳されるが実際には、知的財産権として保護されるものを指す)という。
半導体メーカーの形態に「ファブレス」というものがある。これは、自社内で半導体の設計のみをして、製造は外部の企業に委託して製品を作る半導体企業のことだ。半導体の製造プロセスが微細化し、製造設備や研究に多額のコストがかかるようになってから、自社で半導体を製造する企業は減り、多くの企業がファブレスとなった。
パソコン系では、米Intelは自社工場でCPUを生産するのに対して、米AMDは、以前は自社の設備であった製造工場を売却し、現在は製造を外部に委託するファブレス企業となっている。
一方のARMは、外部の企業に販売する製品の製造を委託するわけではない。具体的なプロセッサを製造するのは、ARMとライセンス契約を結んだ他の半導体メーカーだ。ARMはプロセッサを設計し、こうした企業にIPをライセンスするだけで、デバイスの製造も販売もしない。
ARMからライセンスを受けて半導体メーカーが実装
ARMからのライセンスにはいくつかの形態があるが、通常は、コアの設計を利用する形態が多い。スマートフォンの説明書などに出てくることがある「Cortex-A8」などというCPUコアの名称は、ARMが設計したプロセッサコアの名称である。このほか、コア設計を改良できるライセンスや、ARMアーキテクチャを使うが独自の実装を行えるようなライセンス形態もある。
例えば韓国Samsung Electronicsは、Cortex-Aシリーズを採用し、自社ブランドでSoCを製造・販売している。だが、同じCortex-Aシリーズを採用する他社製品よりも高いクロック周波数などを実現している製品もある。これはおそらく、製造プロセスや改良によって、より高いクロック周波数を実現しているのだと思われる。
また、携帯機器用のチップセットメーカーである米QualcommのSnapdragonシリーズのCPUコアは「Scorpion」と呼ばれ、「ARMv7-A」相当ではある。だが実装は独自で、Cortex-Aシリーズとはパイプラインや浮動小数点のハードウエアなどが違っている。
このほか、半導体の製造を請け負うファウンダリー企業が、ARMのライセンスを持たない顧客向けにカスタムデバイスを製造するためのライセンスや、半導体のデザインのみを請け負う企業向けのライセンスなどもARMでは用意している。
基本的な製品は携帯電話メーカーが設計
スマートフォン/タブレットの具体的な製品(セット)を設計、販売するのは、携帯電話メーカー(セットメーカー)だ。パソコンの場合、Intelが基本的な仕様や参考となる設計(リファレンス設計)を提示し、Microsoftが多数のドライバーを含むWindowsをライセンスする(図1)。
セットメーカーがパソコンを設計するときには、あまり選択の余地がなく、Intelのリファレンス設計で基本的な設計は完了し、Windowsを簡単に動かすことができる。Intelのリファレンス設計に従うことで、数多くの条件でのテストなどを省略できるというメリットもある。
また、Intelのチップセットには必要最低限の周辺回路が統合されており、最低限の機能を持つセットであれば、比較的簡単に設計できる。パソコン市場が成立する過程では、こうした手法を取ることによって、より多くのメーカーにパソコンを製造してもらうことができた。必ずしも高い設計技術を持たなくてもパソコンの製造が可能だった。もっとも、最近では寡占化が進み、技術力だけでなく、大量生産して販売する能力がないと参入は困難だ。しかし、技術的な障壁が小さいというのは事実である。
これに対してスマートフォンなどは、ARMコアを採用する半導体メーカーがリファレンス設計やそれに対するOSの移植などをするが、基本的な設計はあくまでもセットメーカーが行う。しかし、SoCであるため、部品数は少なく、設計に高い技術力が必須というわけでもない。とはいえ、コンパクトなきょう体や長時間動作が要求され、さらには携帯電話事業者の要求を満たすスマートフォンの製造には、高密度実装技術やバッテリー、表示デバイスなどの周辺技術、そしてノウハウが必要となる。こちらも参入はそう簡単ではない。
ただし、3Gなどの携帯電話のネットワークに接続せず、無線LANのみを搭載するようなタブレットは、比較的製造が容易であり、既に安価な製品が市場に出回っている。こうした製品は、ある程度の技術を持つセットメーカーなら汎用のSoCを使うことで比較的簡単に製造できるらしい。
セットメーカーが自らプロセッサを開発する場合もある
複数の半導体メーカーがプロセッサを製品化しているが、中には、セットメーカーが自社で専用のプロセッサを開発するところもある。ARMは、ライセンスを受けたメーカーならば誰でも独自のSoCを作ることが可能であるため、継続的に製品を開発するメーカーであれば、カスタムデバイスを利用するメリットがある。
例えば、ソフトウエアを継続して利用できるようにしたり、パラメーターを変更するだけで新機種に対応できるように作ったり、といったことがセットメーカー側でコントロールできる。自社開発のプロセッサを採用している代表的なスマートフォン/タブレットとしては、米AppleのiPhone/iPadが挙げられる(製造は外部に委託)。国内の携帯電話メーカーも続々とAndroidスマートフォンに参入しており、自社専用のSoCを開発するところが出てくるかもしれない。
販売する携帯電話事業者が設計に関与
スマートフォンや3G通信機能付きのタブレットは、国内では携帯電話事業者が販売する。これは通信のために契約が必要であり、販売価格の割引やその後の通信料金の割引などが行われるためだ。また、NTTドコモなどの携帯電話事業者は、各世代の携帯電話が装備すべき機能や性能を定めている。
これを実現するためにプラットフォームやその上のアプリケーションを共通化できるように、標準的なプラットフォームを作っている(図2)。Androidの場合、必ずしもARMコアを前提とはしていない。ただし、ドライバーなどを共通化することを考えると、将来的にNTTドコモなどの携帯電話事業者がAndroid向けの共通プラットフォームを策定するとすれば、対象ハードウエアのプロセッサアーキテクチャや基本仕様などを固定する可能性もありえるだろう。
パソコンの場合、最終製品を作るのはメーカーだが、CPUやチップセット、関連デバイス、マザーボード、きょう体、外部記憶装置、周辺装置などにそれぞれの専門メーカーが存在する。メーカーはこれらを組み合わせてパソコンを作る。OSとしては一般にMicrosoftのWindowsが採用され、「PCアーキテクチャ」であれば、デバイスメーカーが提供するドライバーを組み込むなどして、動作させることができる。
こうした状況を「水平分業」と呼ぶ。水平分業によって、各メーカーはそれぞれの専門に徹し、「標準品」を組み合わせることでパソコンが完成する。もちろん、CPUメーカーとしてのIntelやOSメーカーとしてのMicrosoftの存在は大きく、この2社で大きな方向性を決めているといっても過言ではない。
スマートフォンやタブレットは一見、パソコンと同じようなコンピュータに見えるが、商品としては通信機器としての性格を強く持つ。このため、パソコン業界のビジネスの基本となる水平分業とは相容れない部分があり、通信業界独自のやり方が設計にも影響を与えている。ARMのようにアーキテクチャの開発と実装、そして製造が完全に分離できるプロセッサは、こうした通信業界独自のやり方を取り入れやすく、スマートフォン/タブレットのプロセッサとして支配的になったともいえる。
次回は、スマートフォン/タブレットのプロセッサを製造するメーカーについて理解を深めていく。
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